「私、家事が苦手なんです」
以前、そんな話を聞いたことがある。
料理が苦手。
掃除が苦手。
片付けも苦手。
でも、仕事はちゃんとしているし、自分の人生をちゃんと生きている。
別に「女だから家事が得意でなければいけない」なんてことはない。
ところが、結婚すると話が変わってくる。
独身のときなら、
「今日は面倒だから外食しよう」
で済む。
洗濯物がたまっていても、自分が困らなければいい。
部屋が多少散らかっていても、自分が気にならなければいい。
でも、結婚すると、
「妻なんだから家事をして当然」
という空気が入り込んでくる。
ここから夫婦喧嘩が始まる。
「家事が苦手」なのに、妻になった途端に家事を求められる
夫からすれば、
「結婚したんだから、ある程度はやってくれると思っていた」
なのかもしれない。
妻からすれば、
「私は家事が苦手だって言ったじゃん」
となる。
夫は、
「じゃあ誰がやるの?」
妻は、
「二人でやればいいじゃん」
となる。
どちらも間違っているとは限らない。
問題は、結婚前にこの話をしていなかったことだと思う。
「結婚したら家事はどうする?」
「料理はどっちがする?」
「掃除は?」
「洗濯は?」
「仕事が忙しいときは?」
「家事を外注するのはあり?」
こういう話をしないまま、
「まあ、結婚したら何とかなるでしょ」
で始めてしまう。
そして何とかならない。
「手伝う」という言葉にも、すでにズレがある
夫が、
「俺だって家事を手伝ってるよ」
と言う。
妻は、
「手伝うって何?」
となる。
これ、結構大きな問題だと思う。
なぜなら、
家事の主体は妻で、夫は妻を手伝う人
という前提が、この言葉の中に残っているから。
実際、日本では家事の負担は今も妻側に偏っている。
内閣府の調査では、実際の作業だけではなく「家庭のマネジメント」についても調べていて、食材や日用品の在庫を把握すること、献立を考えること、家族の予定を調整することなども家庭を回すための仕事として扱われている。
そして「食材や日用品の在庫の把握」「食事の献立を考える」は、「妻」または「どちらかというと妻」が8割を超えていた。
つまり、
「買い物に行った」
だけが家事じゃない。
「何が足りないのかを把握して、何を買うか考える」
ところから、もう家庭の仕事は始まっている。
家事が苦手な女性が悪いわけじゃない
ここは、ちゃんと分けて考えたい。
家事が苦手な女性が悪いわけじゃない。
家事が得意な男性だっている。
料理が好きな夫もいる。
掃除が好きな妻もいる。
だから、
「女だから家事」
でもなければ、
「男だから外で仕事」
でもない。
その人が得意なこと、苦手なこと、仕事の忙しさ、お金の状況。
夫婦によって違う。
だったら、
二人の家庭をどうやって回すのかを二人で決めればいい。
それだけの話なのだと思う。
ところが「妻なんだから」が入ると、話が変わる
「料理くらい妻がやるものでしょ」
「掃除くらいできるでしょ」
「仕事から帰ってきたら家が片付いていて当然」
そんなふうに思われていたら、家事が苦手な女性は苦しくなる。
しかも仕事をしている女性なら、
仕事+家事+妻
になる。
それでも、
「俺だって仕事してる」
と言われる。
もちろん夫だって仕事は大変だろう。
でも、妻も仕事をしているなら、
「仕事をしている」という条件は同じ。
そこに家事をどれだけ乗せるのかは、また別の話になる。
そして夫婦喧嘩は「洗濯物」から始まって、別のところへ行く
「なんで洗濯してないの?」
「今やろうと思ってた」
「いつもそうじゃん」
「じゃあ自分でやれば?」
「俺だって仕事してるんだよ!」
「私だって仕事してるよ!」
……。
最初は洗濯物の話だったはずなのに、
いつの間にか、
「あなたは私のことを大事にしてない」
「お前は何もしてくれない」
という話になっている。
これ、よくある夫婦喧嘩だと思う。
本当の原因は洗濯物じゃない。
「自分ばかり負担している」
という感覚なんじゃないだろうか。
「家事が苦手」より「期待される役割」が問題なのかもしれない
調べてみると、日本では家事分担そのものが長く妻側に偏ってきたことが分かる。
内閣府の調査でも、共働き家庭であっても家事が妻中心になっているケースは少なくない。さらに、家事だけでなく「見えない家事」も妻の担当割合が高いことが示されている。
一方で、国立社会保障・人口問題研究所の「全国家庭動向調査」でも、夫の家事参加や妻側の評価、夫婦間のコミュニケーションなどが継続的に調査されている。
だから、
「家事が苦手な女だから夫婦喧嘩が絶えない」
というより、
家事が苦手な女性と、家事は妻がやるものだと思っている男性が結婚したら、そりゃ揉めるよね。
という話なのだと思う。
結婚したら、家事が得意になるわけじゃない
ここ、結構大事。
結婚したからといって、
料理が得意になるわけじゃない。
掃除が好きになるわけでもない。
片付けが上手になるわけでもない。
「妻」という肩書がついたからって、家事能力が突然アップするわけじゃない。
だったら最初から、
「私は家事が苦手です」
と言っている女性に、
「妻になったんだからやってね」
ではなく、
「じゃあ、どうやって生活を回そうか」
と話せる相手と結婚したほうがいい。
家事代行を使ったっていい。
外食したっていい。
惣菜を買ったっていい。
夫が料理したっていい。
妻が料理して、夫が掃除したっていい。
家事を半分ずつにする必要すらない。
二人が納得できる形なら、それでいい。
家事が得意な妻でも、夫婦喧嘩はする
そして、ここが一番言いたいところ。
「家事が苦手な女性を妻にしたら大変」
という話だけではない。
家事が得意な女性だって、
「やって当然」
と思われれば、そのうち嫌になる。
毎日ちゃんと料理をしている。
洗濯もする。
家の中を整える。
家族の予定も把握する。
足りないものを買う。
それでも、
「それくらい普通でしょ」
と言われたら、
普通って誰が決めたんだよ。
となる。
結局、夫婦を壊すのは、
「妻が家事が苦手だったこと」
だけじゃない。
相手がやっていることを「当然」と思ってしまうこと。
こっちのほうが、ずっと厄介なのかもしれない。
家事が得意な女でも、
家事が苦手な女でも、
夫婦は二人で生活している。
だったら、
「妻なんだから」
「夫なんだから」
ではなく、
「この二人の生活を、どうやって回していく?」
から始めたほうがいい。
そのほうが、たぶんケンカは減る。
そして何より、
「やってもらって当然」の夫婦より、「やってくれてありがとう」が言える夫婦のほうが、長く一緒にいられるんじゃないかな。って文字にするとさらっとしてるけど実生活ではそう簡単じゃないんだよなぁ~・・・。



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